古今著聞集

【古今著聞集】
1254年、橘成季の作。約七百の説話を三十篇にわけ内容別に集録している。成季は絵を好み、その材料を得ようとして集めたということが跋に記されている。中世では最大の説話集。全二十巻。





母子猿~豊前の国の住人太郎入道といふ者ありけり~

【冒頭部】
豊前の国の住人太郎入道といふ者ありけり。男なりけるとき、常に猿を射けり。

【現代語訳】
豊前の国の住人で太郎入道という者がいた。まだ出家していなかった頃、毎日猿を射ていた。ある日山を通った時に、大猿がいたので、木に追いたてて矢を射たところ、狙ったとおりに木のまたのところへ射止めてしまった。(大猿は)今にも木から落ちそうになったところが、何であろうかある物を木のまたに置くようにするのを見ると、子猿であった。自分が傷を負って地上に落ちようとしているので、背負っていた子猿を助けようとして、木のまたに置こうとしたのであった。子猿は子猿で、母にすがりついて離れまいとした。このように何度もしていたけれども、それでも子猿がすがりついたので、母子ともに地上に落ちてしまった。(太郎入道は)それから長いこと、猿を射ることをやめてしまった。

【語句】
過つ・・・失敗する。間違える。
かく・・・このように。
もろともに・・・一緒であるようす。
とどむ・・・中止する。やめる。





刑部卿敦兼と北の方(第一小段落)~刑部卿敦兼は、みめのよに~

【冒頭部】
刑部卿敦兼は、みめのよに憎さげなる人なりけり。

【現代語訳】
刑部卿敦兼は、顔かたちがひどく醜く見える人であったのだった。その北の方は、派手な人であったのだったが、五節の舞を見物しました時に、(見物人の中に)さまざまに、きらびやかな人々がいるのを目にするにつけても、何はさておき自分の夫の醜さが嫌だと感じられたのだった。家に帰って、全く一言さえもしゃべらず、目を見合わせもせず、そっぽを向いているので、(敦兼は)しばらくは、何事が起こったのかと、合点が行かないと思って過ごしているうちに、(北の方は)だんだんと避けることが多くなって、見るも気の毒なほどである。以前のように同じ部屋にいることもせず、部屋を変えて暮らしたのでした。

【語句】
はなやかなり・・・際立って美しい。
かたはらいたし・・・端から見ていても気の毒だ。





刑部卿敦兼と北の方(第二小段落)~ある日、刑卿出仕して~

【冒頭部】
ある日、刑卿出仕して、夜に入りて帰りたりけるに

【現代語訳】
ある日、刑部卿が(役所に)出仕して、夜半に及んでから帰ったところ、出居の間(応接間)に明かりをすらも点さず、装束は脱いだけれども、畳む人もいなかったのだった。女房たちも、みなご主人(北の方)の目配せに従って、(敦兼の世話をしに)前に出るものもいなかったので、どうしようもなくて、車寄せの開き戸を押し開けて、一人で物思いに耽っているうちに、夜も更け、夜は静かで、月の光や風の音など、(目や耳に入る)物それぞれに身体中にしみじみとして、妻の恨めしさも、付け加えて(うら寂しく)感じられたのに従って、気を静めて、篳篥を取り出して、季節に応じた調子に十分に合わせて、
(荒垣の内にある白菊も、色褪せるのを見るのは悲しいことだ。《大事に囲ってある女でも、移り気に遭うのは悲しいよ》私が通って逢った方も、こうして見ていながら白菊が枯れるように離れてしまったよ。)
と何回も歌を朗詠したのを、北の方は聞いて、心が瞬時に元に戻ってしまったのだった。それから特に夫婦仲がむつまじくなってしまったとか。風流のわかる北の方の気質であるに違いない。
【語句】
せんかたなくて・・・どうしようもなくて。
優なる・・・味わい深い。風流だ。









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