枕草子(第41段~第82段)




鳥は(第41段)~鳥は、異所のものなれど~

【冒頭部】
鳥は、異所のものなれど、あうむ、いとあはれなり。

【現代語訳】
鳥は、外国のものではあるが、おうむがたいへん興趣を感ずるものと思われる。人のしゃべるようなことばをまねるという話だ。ほととぎす。くいな。しぎ。都鳥。ひわ。ひたき。(いずれもおもしろい)。
山鳥は、友を恋しがって(鳴くが)、鏡を見せると(映った影を友と思って)心が慰むそうであるが、世なれていなくて、まことにいじらしい。(雌雄)谷を隔ててすんでいるときなんかは、かわいそうである。鶴は、とてもぎょうぎょうしい姿かっこうではあるが、その鳴く声が天まで聞こえる(という)のは、まことにけっこうだ。
頭の赤い雀。いかるがの雄鳥。たくみ鳥(などもよい)。
鷺は、見た姿もたいへん見苦しい。目つきなどもいやで、すべての点において心をひかれないが、(歌にもいう)「ゆるぎの森にひとりは寝じ」と妻争いをすると聞くと、興味深い。水鳥としては、鴛鴦がまことの情趣深い。(雌雄)たがいに位置をかわって、あいての羽の上の(冷たい)霜をはらってやるということなどが。千鳥も、たいへん興趣を感ずる。

【語句】
異所・・・異国。外国。
くひな・・・水鳥。
しぎ・・・水辺にすむ鳥。
都鳥・・・ゆりかもめ。
ひわ・・・すずめの一種。
ひたき・・・秋の末によくさえずる鳥。
山鳥・・・きじの一種。
心わかう・・・心が若々しいとは、まだ世なれていないことをいう。
こちたき・・・大げさ。ぎょうぎょうしい。
見目・・・見た目。姿。かっこう。
まなこゐ・・・目つき。
うたて・・・いやで。





鳥は(第41段)~うぐひすは、文などにもめでたきものに~

【冒頭部】
うぐひすは、文などにもめでたきものにつくり、声よりはじめてさまかたちも

【現代語訳】
うぐいすは、漢詩文などにもすばらしいものとしてうたわれ、声をはじめとして、その姿やかたちもあれほど上品でかわいらしいわりには、宮中で鳴かないのがたいへんおもしろくない。だれかが、「うぐいすは宮中では鳴きませんよ」といったのを、「そんなこともあるまい」と思っていたのに、十年ばかり(宮中に)奉公して聞いていたところ、ほんとうに、まったく(うぐいすは)一声も鳴かなかった。そのくせ、(宮中には)竹に近く紅梅もあって、ほんに(うぐいすが)いかにも通って来そうな寄り所でありますよ。(宮中から)退出して里などで聞くと、いやしい民家の、なんの見どころもない梅の木などには、うるさいほどやかましく鳴いている。夜鳴かないのも寝ぼうな感じがするけれども、(生まれつきなのだから)今さらいってもしかたがない。夏や秋の末ごろまで老い声に鳴くので、「虫食い」などと、とるにたらぬいやしい者が名前をつけかえていうのは、残念でいやな感じがする。それもただ、(うぐいすが)雀などのようにいつも見られる鳥であるならば、そうも思われまい。春鳴くからであろうか。「年たちかへる」などと風情を感じさせることとして、和歌にも漢詩にも詠むということだ。やはり(うぐいすが)春のうちだけに限って鳴くのであったならば、どんなにいいことだろう。人間の場合でも同じで、人なみでなく、世間の評判も悪くなりだした人をば、(だれが)ことさら非難したりしよう。とび・からすなどの(平凡な)鳥のことについては、注目したり聞き耳をたてたりする人などは、世にはいないものだ。そんなわけで、(うぐいすは)りっぱなはずの鳥となっているからこそと思うにつけ、(こんな欠点があるので)不満な気がするのである。
賀茂祭りの帰りの行列を見るといって、雲林院知足院などの前に車をとめて立てていたところ、ほととぎすも(四月のこととて)声を忍びきれなのであろうか、鳴くと、(うぐいすが)たいそううまくその鳴きまねをして、木立ちの中で(ほととぎすと)声を合わせて鳴いているのは、(季節にはずれているとはいうものの)やはり趣深いものである。

【語句】
めでたきもの・・・すばらしいもの。けっこうなもの。
さばかり・・・あれほど。それほど。
あてに・・・上品に。高貴に。
うつくしきほどよりは・・・愛らしい割合には。「うつくし」は、愛らしい、かれんであるなどの意。
さらに・・・けっして。すこしも。
さるは・・・そのくせ。
あやしき家・・・下賤の家。「あやし」は、いやしい意。
かしがましき・・・うるさい。やかましい。
いぎたなき・・・寝坊な。
いかがせむ・・・どうしよう。どうにもしかたない。
ようもあらぬ者・・・とるにたらない者。
くすしき・・・耳ざわりでいやな。
人げなう・・・人間らしくもなく。人なみに扱われず。
世の覚え・・・世間の評判。
あなづらはしう・・・「あなづらはし」は①軽んじてよい、あなどってよい、②気がおけない。ここは①。
心ゆかぬ・・・満足しない。
もろ声に・・・一緒に、声を合わせて。
さすがに・・・そうはいうもののやはり。





鳥は(第41段)~ほととぎすは、なほさらに~

【冒頭部】
ほととぎすは、なほさらにいふべきかたなし。

【現代語訳】
ほととぎすは、やはりなんといっても、ことばでいい表わしようがない(ほどすばらしい)。いつかと待つうちに得意そうに鳴いているのが聞こえたと思うと、卯の花や花橘などにとまって、なかば姿を隠しているのも、ねたましく感ずるほどの風情である。
五月雨の降るころの短い夜に目ざめて、なんとかして人より先に聞きたいものだと待たずにおれず待っていると、夜深く鳴きだした声が、上品で魅力があるのは、ひどく心がひかれ、なんともいいようがない。六月になってしまうと、鳴きもしなくなってしまう、すべてすばらしいといってもいいたりない感じである。
夜鳴くもの―、何もかもすばらしい。幼児の泣くのだけはそうでもない。

【語句】
いつしか・・・いつになったら。
したり顔に・・・得意がおに。
ねたげなる・・・ねたましいほどすばらしい。「ねたし」は、憎らしい、いまいましい、ねたましいほど立派だ。の意。
心ばへ・・・気だて。性質。風情。趣。
寝ざめ・・・途中で目ざめること。
いかで・・・なんとかして。
らうらうじう・・・美しくて。
愛敬づき・・・愛らしい。
心あくがれ・・・「あくがれ」は「あこがれる」。
さしもなき・・・そうでもない。





あてなるもの(第42段)

【冒頭部】
あてなるもの薄色に白襲の汗衫。かりのこ。削り氷にあまづら入れて、

【現代語訳】
上品で美しいもの。薄紫色(の袙の上)に(着た)白襲の汗衫。あひる、鵞鳥などの卵。削り氷にあまずらを入れて、新しい金属製のお椀に盛ってあるもの。水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪が(すこし)降りかかった景。たいへんかわいらしい児が、いちごなど食べているさま。

【語句】
あてなる・・・高貴である。上品である。
かりのこ・・・あひる。鵞鳥などの卵。
あまづら・・・つる草の一種。
うつくしき・・・愛らしい。





虫は(第43段)

【冒頭部】
虫はすずむし。ひぐらし。

【現代語訳】
虫(でおもしろいの)は、鈴虫、ひぐらし、蝶、松虫、きりぎりす、はたおり、われから、ひお虫、ほたる。
みの虫、これはたいへん趣がある。鬼が生んだから、親に似てこの子もおそろしい気性があるだろうと思って、親が粗末な着物を着せて、「おっつけ秋風が吹いたなら、その時分に来るつもりだからね。それまで待ってなさい」と言い置いて逃げて行ってしまったのも気づかないで、八月ごろになると、秋風の音を聞き知って、「ちちよ、ちちよ」
と心細そうに鳴くのはほんとうにあわれである。
ぬかずき虫もまた趣がある。あんな小さな虫のくせに信仰心をおこして、額をついて歩きまわっているようすだ。また、思いも寄らず、暗い所などに、ほとほとと音をたてて歩いているのはおもしろい。繩は憎いものの中に入れてしまうべきで、ほんとにかわいげのないものである。人間なみに、かたきとすべきものほどの大きさではないが、秋などいろいろのものにとまって、人の顔などに、ぬれた足でとまっているなんて。人の名に(繩という字が)ついているのは実にいやな感じがする。
夏虫、これはたいへんおもしろく可憐である。燈火を近く取り寄せて、物語などを読んでいると、本の上などに飛び歩くのがたいへんおもしろい。蟻はたいへん憎らしいが、身の軽いことは非常なもので、水の上などをずんずん歩いて行くのがおもしろい。

【語句】
すずむし・・・今の松虫、チンチロリンと鳴く。
ひぐらし・・・蝉の一種。かなかな蝉。
まつむし・・・今のすず虫。リンリンと鳴く。
きりぎりす・・・今のこおろぎ
はたおり・・・今のきりぎりす
われから・・・海藻につく小さな虫
ひを虫・・・かげろう
みのむし・・・若葉が芽をふきだすころ、枯れ葉を食い、糸を吐いて「玉の(蓑)」と呼ばれる巣を作る虫
鬼の生みたりければ・・・鬼が生んだから
あやしききぬ・・・粗末な衣
来むとする・・・来るつもりだ
聞き知りて・・・聞き分けて
ぬかづき虫・・・額突虫。米搗虫。
さる心地に道心おこして・・・そのような小さな虫の心にも信仰心をおこして
つきありくらむよ・・・額をついてあるきまわるようだよ
ほとめきありきたる・・・ほとほとと音をたてて歩きまわっている
愛敬なきものはあれ・・・実にかわいげのないものである
人々しう・・・人間なみに。一人前に。
よろづのものにゐ・・・いろいろなものにとまって
ぬれ足・・・ぬれた足
うとまし・・・いとわしい。いやだ。
らうたげなり・・・かわいらしい。可憐である。
かろびいみじうて・・・身の軽いことがたいへんなもので
あゆみにあゆみありく・・・ずんずん歩く。さっさと歩く。





ありがたきもの(第75段)

【冒頭部】
ありがたきものしうとにほめらるる婿。

【現代語訳】
めったにないもの。舅にほめられる婿。また、姑にかわいがられるお嫁さん。毛のよく抜ける銀製の毛抜き。主人を悪く言わない従者。
まったく欠点のない(人)。容貌・性質・態度がすぐれ、この世を過ごす間、すこしの欠点もない(人)。同じ宮仕え所に住む人で、たがいに慎しみ合い遠慮し合って、すこしのすきもなく気を配っていると思う人が、最後まで(心底を)見られない例はめったにないものだ。
物語や歌集など書き写す時に、原本に墨をつけない(こともめったにない)。りっぱな草子などは、たいそう注意して書くのだが、かならずといってよいほどきたなくなるようだ。
男、女の間はいまさらいうまでもない、女どうしも、深く契ってつき合っている人が、終わりまで仲がよい例はめったにない。

【語句】
ありがたき・・・めったにない、めずらしい
しうとめ・・・夫の母。姑
思はるる・・・愛される。かわいがられる。
つゆ・・・少し
癖・・・欠点
かたち・・・容貌
心・・・性質、気だて
きず・・・欠点。短所。
かたみに・・・たがいに
恥ぢかはし・・・距離を置いて慎しみ合い気づかいして
用意したりと・・・気を配っていると
つひに見えぬこそ・・・最後まで心の底を相手に見られないのは
集・・・歌集。家集。
本・・・原本
草子・・・歌や文を書き込むために、紙を折り重ねて、のりや糸でとじ合わせたもの
男、女をばいはじ・・・男女の関係はいうまでもない
女どち・・・「どち」は仲間





頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて(第82段)~頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて~

【冒頭部】
頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて、いみじういひおとし

【現代語訳】
頭の中将(藤原斉信)が、根拠もないうわさを聞いて、(わたしのことを)ひどくけなし、「『どうして(あんな女を)人なみの者と思いほめたりしたのだろう』などと、殿上の間でひどく悪くおっしゃる」というのを聞くにつけてもはずかしいけれど、「それが事実ならば、しかたがないが、(そうでないんだから)そのうちに自然のお聞き直しになられるだろう」と笑ってすごしていたが、(頭の中将は)黒戸の間の前を通るときにも、(わたしの)声などがするおりは、袖で顔を隠してまったくこちらを見むきもしないで、ひどく憎んでいらっしゃるので、どうのこうのと弁解もせず、会いもしないで過ごしていたが、二月の末のころ、ひどく雨が降って所在ない時に、(中将は)宮中の御物忌みにこもって、「(清少納言と)絶交したもののやはりどうも物足りないことだ。何か言ってやろうか」とおっしゃっている、と人々が語るけれども、「まさかそんなことはあるまい」などと答えていたが、(その日は)終日自分の局にいて、夜、中宮様のおそばにあがると、(中宮様は)もうご寝所にお入りになっていらっしゃった。

【語句】
すずろなる・・・たわいもない。
そらごと・・・うそ。
いみじう・・・ひどく悪い。「いみじ」は、ことのはなはだしい意。
おのづから・・・①自然と、②時たま、まれに。ここは①。
ともかうも・・・ああともこうとも。
見も入れで・・・見入れもしないで。
よにあらじ・・・まさか、そんなことはあるまい。
夜のおとど・・・ご寝室。ここは中宮の寝所。





頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて(第82段)~長押の下に火近くとりよせて~

【冒頭部】
長押の下に火近くとりよせて、さしつどひて扁をぞつく。

【現代語訳】
(女房たちは)長押の下で、灯火を近くに引き寄せて、寄り集まって扁づけをしている。「まあうれしい。早くいらして下さい」などと、私を見つけていうが、(私は)興がのらない気がして、何のために参上したのだろうと思う。炭櫃の所にすわっていると、そこにまた(女房たちが)集まってすわり、話などしている時に、「たれそれが参上いたしました」と、実にはなやかにいう。「へんだわ。いつのまに、何が起こったのか」と(とりつぎの者に)尋ねさせると、主殿司であった。「ただ、この場所で、直接に申しあげなければならないことがございます」というので、出て行ってたずねると、「これを頭の殿が差し上げられます。お返事をすぐに」という。
ひどく(私を)憎んでいらっしゃるのに、どういう手紙なのだろうと思うが、いますぐ急いで見る必要もないから、「帰りなさい。おっつけご返事申しあげましょう」といって(手紙を)ふところに入れてうちにはいった。(私は)また女房たちが話しているのを聞いていたが、(主殿司が)すぐに引き返してきて、「『それならば、その文をいただいてこい』と、おっしゃいます。(お返事を)早く早く」というが、どうも変で、伊勢の物語だなと思って見たところが、青い薄様にたいそうきれいにお書きになってある。別に胸をおどらせるほどのものではなかった。
蘭省花時錦帳下
と書いて、「この下の句はいかが、いかが」とあるのを、どうしたらよいものだろうか、中宮さまが起きていらっしゃるなら、ごらんに入れようものを、この句の後を知っているというように、知ったかぶりをしておぼつかない漢字で書いてみても、たいへん見苦しいと思案するひまもなく、ひどくせきたてるので、ただ、薄様の奥の余白に、炭櫃に消え残っている炭があったのをつかって、
草の庵をたれかたづねむ
と書きつけて持たせてやったが、二度と返事もいってよこさない。

【語句】
はなやかにいふ・・・陽気な声ではっきりと言う。
あやし・・・変だ。不思議だ。
ここもとに・・・ここで。
ありつる・・・さっきの。
きよげに・・・美しく。
心ときめきしつる・・・胸をおどらせた。「心ときめく」は、期待で胸がどきどきする意。
責めまどはせば・・・責めて困らせるので。「まどはす」は、まごつかせる、迷わせる。





頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて(第82段)~みな寝て、つとめて~

【冒頭部】
みな寝て、つとめて、いととく局に下りたれば、

【現代語訳】
みな寝て、翌朝、たいそう早く局に下っていたところ、源中将の声で、「このあたりに草の庵はいますか」と、ぎょうさんな声をはりあげていうので、「おや、妙なことだ。どうしてそんな人なみでない者がおりましょう。玉の台をお求めになりますならば、答えましょうものを」と、(わたくしは)いう。「ああうれしい。下局にいたんですね。上の御局でさがそうとしていたのに」といって、昨夜あったことを―、頭の中将の宿直所に、ちょっと人なみの者だけ、六位の蔵人までが集まって、いろいろの人のうわさを、昔今と語り出して話したついでに、「やはりあの女(清少納言)とまったく絶縁してしまった後は、(こちらから絶交したものの)どうもものたりない。もしかして(向こうから)言いだすこともあるかと待っているが、(清少納言は)少しも、なんとも思っていないで、平然としているのも、たいそう残念なので、今晩、悪くとも、よいとも、(今後どうするかを)きっぱりときめて決着をつけようよ」といって、みんなで話しあってやった文を、「(清少納言が)今すぐ読むまいといって奥に入ってしまった」と、(返事をもらわずにそのまま帰った)主殿司がいったので、また追い返して、「ただもう、袖をひっとらえて、有無を言わせず(返事を)もらって来い。そうでないならば手紙を取り返して来い」とよくよく注意して、あれほどの降る雨の中をやったところ、たいへん早く帰ってきた。「これです」といってさしだしたのが、先ほど持たせた手紙なので、返してきたのかと思って(頭の中将が)ちらっと見たと同時に、あっと声をあげたので、「変だなあ。どういうことか」と、みんなそばに寄って見ると、(頭の中将が)「たいしたくせものだよ。やはりとても絶交し通せるものではない」といって、大さわぎして、「この歌の上の句をつけて贈ろう。源中将つけよ」などと、夜がふけるまでつけあぐねてそのままに終わってしまったが、このことは「将来も、世間に語り伝えるべきことだ」などと、みなで決めてしまった、などと、ひどくきまりが悪いほどに(私に)いって聞かせて、「あなたのお名前を、今は、草の庵とつけている」といって、急いで帰ってしまわれたので「とんだ悪名が、後の世まで残るというのは、なさけないことだ」といっているところへ、

【語句】
つとめて・・・翌朝。
おどろおどろしく・・・ぎょうさんに。大げさに。
などてか・・・どうしてか。
人げなき・・・一人前の人らしくない、いやしい、身すぼらしい。
玉の台・・・りっぱな邸。
いらへてまし・・・答えるだろうに。
人々しき・・・人なみの。一人前の。
人の上・・・人の評判。人のうさわ。
むげに・・・まったく。全然。その他、やたらに、むやみに、などの意。
さすがに・・・そうはいうもののやはり。
えあらね・・・あり得ない。
つれなきも・・・平然としているのも。「つれなし」は、反応のないさま。
ねたきを・・・くやしいので。「ねたし」は、残念である意。
いましめて・・・注意して。よくよく教えて。
ありつる・・・さっきの。
あはせて・・・と同時に。
をめけば・・・わめいたので。「をめく」は「わめく」。
定めし・・・批評した。評定した。
かたはらいたきまで・・・聞いていていたたまれないほど。「かたはらいたし」は、そばにいてはらはらする。





頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて(第82段)~修理の亮則光、「いみじきよろこび~

【冒頭部】
修理の亮則光、「いみじきよろこび申しになむ

【現代語訳】
修理の亮則光が(来て)「たいへんすばらしいよろこびを申しに上の局の方かと思って参上したが」というので、「なんですか。つかさ召しあがったという話も聞いておりませんが、何におなりになったの」と問うと、「いや(そんなことでは・・・)、ほんにすばらしくうれしいことが、昨夜ありましたので、じれったく思って夜を明かして・・・。これほど面目をほどこしたことはなかった」といって、最初あったことなど、源中将がお話しになったのと同じことを言って、「『ただ、この返事次第によっては、<こかけをしふみし>そんな者がこの世にいたとも、いっさい思うまい』と頭の中将がおっしゃるので、その場にいた者がみなで相談して(手紙を)持たせておやりになったのに、(使いの者が)手ぶらで帰って来たのは、かえってよかった。(もとの手紙を)持って来た時は、どうだろうと胸がどきっとして、ほんにその返事がまずかったら、(この)私のためにもまずかろうと思っていたところ、ひと通りでなくよかったので、(そこにいた)多くの人たちがすっかり感心して、『おい、兄貴、こっちへ来い。これを聞け』とおっしゃったので、内心たいへんうれしいけれども、『そういう詩歌の方面では、いっこうにお仲間入りできそうにない身でして』と申したところが、『意見をいえとか、鑑賞しろとかいうのではない。ただ、人に話せというわけで聞かせるのだよ』とおっしゃったのは、少々情けない身の評判ではあったけれども、(人々が)上の句を付けようとやってみるに、結局なんともいいようがない。『ことさらにまた、返歌をすることもあるまい』などと相談して、『(返歌をして、)つまらぬ句だなどといわれては、かえって後悔するであろう』などといって、夜中まで(さわいで)いらっしゃった。この話は、わたくし自身のためにも、あなたの御ためにも、よろこぶべきことではありませんか。司召しで、少しばかりの役を得ましたとしても、なんとも思わないでしょうよ」と言うので、なるほど大ぜいよってかかって、そうしたたくらみがあろうとも知らないで、(場合によったら、)あとで残念だと後悔するような結果になりそうであったなと、これによって(はじめて)胸がどきんとしたことだ。この(則光とわたしとの)妹、兄という関係は、主上までみなご存じで、殿上でも、修理の亮の官名をいわないで、「兄」と名づけられている。

【語句】
心もとなく・・・じれったく。待ち遠しく。
面目・・・名誉。
あるかぎり・・・そこにいた者全部。
ある者・・・そんな者。
ただに・・・手ぶらで。何も持たず。
なかなか・・・かえって。むしろ。
胸つぶれ・・・どきっとして。ひやっとして。
せうと・・・兄。ここは則光。
そこらの人・・・多くの人。「そこら」はたくさん、はなはだしい。
言くはへよ・・・意見を言え。
せうとのおぼえ・・・この兄の思われ方。「おぼえ」は、評判・信望。





頭の中将の、すずろなるそらごとを聞いて(第82段)~物語などしてゐたるほどに~

【冒頭部】
物語などしてゐたるほどに、「まづ」とめしたれば

【現代語訳】
(わたしが女房たちと)話などしていたときに、中宮様から「ちょっと、(出仕しなさい)」とお召しがあったので、参上したが、このことをおっしゃろうとなさってのことであった。(中宮様は、)「主上がこちらへおこしになって、わたしにお話しくださって、殿上人たちはみな(草の庵の文句を)扇に書きつけて持っている」などとおっしゃるので、あきれたこと、なんだってそんなことを言いふれさせたのかしらと思った。
さて、こんなことがあって後は、(頭の中将は)袖で顔をかくす几帳を取りのけて、誤解をとかれてしまわれたようだった。

【語句】
まづ・・・何はともあれ。
あさましく・・・おどろきあきれて。「あさまし」は、意外なことにびっくりする状態。
をのこども・・・殿上人たち。









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