徒然草(第137段~第170段)




花はさかりに(第137段)~花はさかりに~

【冒頭部】
花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。

【現代語訳】
桜の花は、満開だけを、月は曇ったところもなく明るいのだけを見るものだろうか、いや、そうとはかぎらない。雨にむかって(見ることのできない)月を恋い慕い、部屋の中にとじこもって、春の過ぎゆく(さま)を知らないでいるのも、やはりしみじみとして、情趣が深いものだ。(満開のころよりも)いまにもすぐ咲きそうな(桜の花の)こずえとか、(また、満開をすぎて、花が)散り敷いた(さびしい)庭などが、(かえって)見どころが多いのだ。和歌の詞書にも、「花見にまいりましたが、もう散ってしまっていたので(よみました歌)」とか、「さしさわりがあって(花見に)まいりませんで(ひとり家でよみました歌)」などと書いてあるのは、「花を見て(よみました歌)」といっているのに(歌の情趣が)劣っているだろうか、劣ってはいまい。花が散り、月が(西に)傾くのを惜しむ世間のならわしは、もっともなことであるが、とくに教養のない人は、「この枝も、あの枝も、(花は)散ってしまった。いまはもう見どころがない」などというようである。
何事も、始めと終わりとがことに情趣深いものだ。男女間の恋情も、いちずにあっている(最中だけ)をいうのだろうか、そうではなかろう。恋が思いどおりに成就せぬままに終わってしまったつらさを思い出したり、はかない約束(のままで終わったこと)をなげいたり、長い夜を(恋人が来ないので)ひとりで(待ち)あかしたり、遠くの空(のもとに離れている恋人)に思いをはせたり、浅茅のしげった荒れ果てた家に、(若かりしころの昔の恋)を回想したりすることこそ、恋の情趣がよくわかっているということができよう。

【語句】
くまなき・・・曇ったところなく明るい。「くまなし」は①かげがない、②なんでも知っている、③ぬかりがない。ここは①。
たれこめて・・・部屋の中にとじこもって。
なほあばれに・・・やはりしみじみと趣があって。
情ふかし・・・情趣がふかい。「情」は①人情、②情趣、③情趣を解する心、④恋情。ここは②。あとの「男女の情」の「情」は④。
咲きぬべき・・・いまにも咲きそうな。
ことばがき・・・その和歌のよまれた事情を歌の前に書いたことば。「詞書」とも書く。
まかれりけるに・・・まいりましたが。
さはる事・・・さしさわり。
さる事なれど・・・もっともなことであるが。
かたくななる人・・・がんこな人。教養なくものの情趣のわからぬ人。「よき人」の対。
うさ・・・つらさ。
あだなるちぎり・・・はかない約束。「あだ」は①まことのないさま、②はかないさま、③むだなさま。ここは②。
かこち・・・なげいて。「かこつ」は、①かこつける、②うらみごとをいう。ここは②。
雲井・・・遠くにいる恋人。「雲井」は、①雲、②雲のある遠くの空、③宮中。ここは②。
浅茅が宿・・・荒れはてた家。「浅茅」はまばらなちがや(雑草)。





花はさかりに(第137段)~望月のくまなきを~

【冒頭部】
望月のくまなきを千里の外までながめたるより

【現代語訳】
(月については、)満月の曇ったところなく明るいのを、ずっと遠くのところまでながめているよりも、明け方近くなって、待っていた月が、ようやく出たのが、とても趣深く、青みをおびたようで、(それが)深山の杉のこずえに(ちらちらと)見えている(その)木々の間の月の姿とか、さっとしぐれた(空の)むら雲にかくれたり出たりした時など(の光景)は、このうえなくしみじみと情趣深い。椎柴や白樫などの、ぬれているような葉の上に、(月光が)きらめいているのは、身にしみて、もの情趣を解するような友がいたらなあと、(そういう友がいる)都が恋しく思われるのである。
すべて、月や、花を、そう目だけで見るものであろうか、そうではない。春は(わざわざ)家から出ていかなくても、月夜には寝室にいるままでも、(月や花の情景を)想像しているのは、(かえって)心豊かな感じをおこさせておもしろいものだ。人格・教養のすぐれている人は、むやみに(ものを)好むようにも見えないし、(ものを)おもしろがるようすもあっさりしている。かたいなかの(教養のない)人にかぎってしつこく、何事もおもしろがりもてはやす。(花見に行けば、その人たちは)花の木のもとには、(自分のからだを)ねじるようにして割りこみ、わきみもしないでじっと見つめて、酒をのんだり、連歌したりして、しまいには大きな枝を平気で折り取ってしまう。(夏には)泉に手や足をつっこんでひたし、(冬は、きれいに降りつもった)雪の上におりて、足あとをつけるなど、何事も、離れたままで見るということがない。

【語句】
千里の外まで・・・遠くのところまで、
暁ちかくなりて待ち出でたるが・・・二十日過ぎの有明け月をいう。
心ぶかう・・・趣深く。神秘的で。
木の間の影・・・木々の間にある月の姿。「影」は光。光るものの姿。
うちしぐれたる・・・さっとしぐれた。
むら雲がくれのほど・・・むら雲にかくれた時。「むら雲」はむらがり集まっている雲。
椎柴・・・小さい椎の木
白樫・・・材木にすると白い色をみせる樫の木。
心あらん・・・ものの情趣をわかってくれるような。「心」はここは、趣・風情。
友もがな・・・友がいたらなあ。
さのみ・・・そう…だけ。
ねやのうちながらも・・・寝室にいるままでも。
たのもしう・・・「たのもし」は①心ゆたかな感じが起きる、②頼りになる、③気強い、④期待される。ここは①。
よき人・・・人格・教養のすぐれている人。
ひとへに好けるさま・・・むやみに愛しているようす。「好く」は①風流の道に熱心である、②色好みである、③好む。ここは③。
なほざりなり・・・①おろそかだ、②適度だ。ここは②。
片田舎の人・・・身分低く教養のない人。「かたくななる人」とほぼ同じ。
色こく・・・しつこく。
もて興ずれ・・・おもしろがりもてはやす。
あからめ・・・わき見。
まもりて・・・じっと見つめて。
よそながら・・・離れて。





花はさかりに(第137段)~さやうの人の~

【冒頭部】
さやうの人の祭り見しさま、いと珍らかなりき。

【現代語訳】
そういう人が、賀茂の祭りを見物したようすは、たいへん変わっていた。(その人々は)「祭りの行列はまだなかなかだ。それまでは桟敷にいる必要はない」といって、奥の家で酒を飲んだり、ものを食べたり、囲碁や双六などをして遊んだりして、桟敷には(見はりの)人をおいてあるので、(その見はりの人が)「(行列が)お通りです」という時には、めいめい肝のつぶれたのようにあわてふためいて、先を争って走って(桟敷に)のぼり、(桟敷から)今にも落ちそうなほどにまで簾を前に押し出して押しあいへしあいして、一つのことも見落とすまいと見まもり、「ああだ、こうだ」と(見る)ものごとに批評して、(行列が)通り過ぎてしまうと、「また一行が通るまで(奥の家で待とう)」といって、(桟敷)からおりてしまう。(こういう態度は、祭りの雰囲気を味わうのでなく)ただ行列などのものだけを見ようとするのであろう。(ところが)都の人で、りっぱな身分とみえる者は、(ねむったように)目をつぶって、大して見もしない。若く身分の低い者は、主人の用をつとめるためにたったりすわったりし、主人のうしろにひかえている者は、不恰好に前の人にのしかからず、無理に見ようとする人もない。
とくにどれということなく、(すべてに)葵の葉をずっとかけて、(大路全体が)優雅な所に、まだ夜があけきらないころ、目だたないようにそっとやって来るたくさんの牛車(の乗り手)が知りたいので、あの人か、この人かなどと想像していると、(その中には)牛飼いや下男などで顔見知りの者もいる。(祭り見物の牛車が)趣深くも、きらびやかにも、さまざまに往来するのを、見ているのもたいくつでない。日の暮れるころには、(さしもいっぱいに)立てならべてあった牛車も、どこへ行ってしまったのだろうか、間もなく(すべてが)まばらになって、多くの牛車の混雑もすんでしまうと、(桟敷の)簾やござもとりはらって、みるみるさびしげになっていくのは、(栄枯盛衰の)世のならわしも思い知られて、しみじみと感慨深い。(こうした祭りの前後の)大路(のありさま)を見たのが、(ほんとうの)祭り(のおもしろさ)を見たというものである。

【語句】
見事・・・見るもの。ここは祭りの行列。
桟敷・・・祭りの行列を見物するために一段高く造ってある床。
双六・・・白と黒の石を長方形の盤上にならべ、さいころをふって出た目だけ石を進めて勝負を争う遊戯。
落ちぬべき・・・今にも落ちそうなほど。
とあり、かかり・・・ああだこうだ。
また渡らんまで・・・また(行列が)通るまで。
ゆゆしげなるは・・・りっぱな身分と見える人は。
いとも見ず・・・たいして見もしない。
末々なるは・・・身分の低い者は。
宮仕へに・・・ご用づとめに。「宮仕へ」は①宮中に出仕する、②貴人に仕える、③主人の用をつとめる。ここは③。
立ちゐ・・・立ったりすわったりして。
人の後にさぶらふ・・・主人の後ろにひかえている者は。「さぶらふ」は貴人に仕える、つき従う、伺候する。
及びかからず・・・前にのしかからず。
わりなく・・・無理に
かけわたして・・・ずっとかけて。
なまめかしきに・・・優雅である所に。
明けはなれぬほど・・・夜があけきらないころ。
しのびて寄する・・・人に知られないようやって来る。車の中の人が高貴だからである。
車・・・牛車
ゆかしきを・・・知りたいので。
下部・・・下男。牛車のわきについている者。
きらきらしくも・・・きらびやかにも。
つれづれならず・・・たいくつでない。
らうがはしさ・・・混雑ぶり。
世のためし・・・世間のならい。栄枯盛衰の現世のならわし。
大路・・・大通り。





悲田院の堯蓮上人は(第141段)

【冒頭部】
悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦のなにがし

【現代語訳】
悲田院の堯蓮上人は、俗姓は三浦のなんとかいって、(以前は)ならぶもののない武士である。(その)故郷の人がやって来て、話をするといって、「関東の人は、その言ったことは信用できる。京都の人は、承知の返事だけはよくて、誠意がない」といったが、上人は「あなたはそうお思いになっているでしょうが、私は京都に長く住んで、(都の人と)親しんでみますと、(都の)人の心が(東国の人とくらべて)劣っているとは思いません。(京都の人は)すべて心がおだやかで、思いやりがあるので、他人が言うようなことを、きっぱりとことわりにくくて、すべてはっきりと言いきることができず、気弱くうけあってしまうのです。だまそうとは思わないけれども、貧しくて(暮らしが)思いどおりにならない人ばかりいるので、自然と最初の考えどおりにならないことが多いのでしょう。関東の人は、私の故郷の(人で)あるけれども、ほんとうは、心にあたたかさがなく、人情がうすく、ただただ気強い人々なので、(頼まれごとも)最初から、できないといってやめてしまうのです。富み栄えているので、他人からは信頼されるのですよ。」と道理を説かれましたのは、この上人は、発音に(関東)なまりがあって、(いいかたも)荒々しく、仏教のこまかな道理などそんなにわかっていないだろうと思っていたが、この一言を聞いてのちは、奥ゆかしく思われてきて、たくさんの僧がいる中でも、一寺を管理なされているのは、このように人間味の豊かなところがあって、(おのずから)そうした徳もあるのだと思われましたよ。

【語句】
さうなき・・・二つとない。
物語すとて・・・話をするといって。
ことうけ・・・承知の返事。
なべて・・・すべて。
けやけく・・・きっぱりと。
ともしく・・・貧しくて。
かなはぬ・・・思いどおりにならないこと。
げには・・・ほんとうは。
ことわり・・・「ことわる」は①是非を判断する。②道理を説く。③わびる。④拒絶する。ここは②。
心にくくなりて・・・奥ゆかしくなって。「心にくし」は①奥ゆかし。②教養があって上品だ。ここは①。





心なしと見ゆる者も(第142段)

【冒頭部】
心なしと見ゆる者も、よき一言言ふものなり。

【現代語訳】
情理を解さないと思われる人でも、よいことを一言(ぐらい)はいうものである。ある荒々しい東国武士で恐ろしそうな人が、友人にむかって、「お子さんはいらっしゃるか」とたずねた時に、(その友人が)「一人もいません」と答えたので、「それでは、人情はごぞんじないでしょう。人情味のないお心でいらっしゃるだろう(と思うと)とても恐ろしい。子どもがあってこそ、すべてのものの情味はわかるのです」といっていたが、(それは)ほんとうにそうにちがいない。肉親の愛情の世界でなくては、こういう(荒々しい)者の心に慈悲の心がほんとうにあるだろうか、あるはずがない。親孝行の心がない者も子どもを持ってはじめて、親の気持ちがわかるのである。
世をすてた人で万事に無係累・無一物の者が、一般に親とか妻子のたくさんある人の、なにごとにもおべっかをつかい、欲の深いのを見て、むやみにばかにするのはまちがったことである。その人の気持ちになって考えると、いとしい親や妻子のためには、ほんとうに恥をも忘れ、盗みまでしかねないのである。だから、盗人を捕え、その悪事だけを罰するよりは、世の中の人が、飢えることなく、寒がることのないように、政治を行ないたいものだ。人間は、定まった財産や職業がない時は定まった良心もないのである。人間は生活にせっぱつまれば盗みもするのだ。世の政治がうまくいかないで、(人民の間に)寒さと飢えの苦しみがあるならば、罪人はなくなるはずはない。人民を苦しめ、法律を犯させて、それを処罰するようなことは、かわいそうなことである。
さて、どのようにして人民に恩恵を与えることができるかというならば、上にたつ者がぜいたくをし、むだづかいをするのをやめ、人民をいたわり、農業をすすめるならば、下(の人民)に利益があるということは疑いのあるはずがない。衣食が世間なみなのに(なお)悪事をするような人を、ほんとうの盗人というべきである。

【語句】
心なし・・・情理を解さない。「心なし」は①無邪気である。②思慮がない。③情趣を解さない。ここは③。
かたへ・・・友人。仲間。
ものし給ふらん・・・いらっしゃるだろう。「ものす」は①ある。いる。②行く。ここは①。
なべて・・・一般に。
へつらひ・・・おせじをいい。
むげに・・・むやみに。
思ひくたす・・・ばかにする。「くたす」は①くさらせる。②そしる。
ひがごと・・・まちがったこと。
悲しからん親・・・いとしい親。「悲し」は①いとおしい。かわいい。②強く心をひかれる。③みごとだ。④かわいそうだ。ここは①
しつべき・・・きっとする。
いましめ・・・捕え。「いましむ」は①いさめる。②禁ずる。③警戒する。④しばる。⑤とがめる。ここは④。





能をつかんとする人(第150段)

【冒頭部】
能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、

【現代語訳】
一芸を身につけようとする人が、「まだよくできない間は、なまじっか人に知られまい。こっそりとよく習いおぼえてから人前に出たようなのは、まことに奥ゆかしいことであろう」といつも言うようである。けれど、こういう人は、一つの芸でも習いおぼえることはないのだ。まだ、まったく未熟なころから、名人の中にまじって、(人から)悪くいわれ(ても)、笑われても、恥ずかしがらず、平気でおし通して稽古する人は、生まれつきその天分はないとしても、その道にとどこおることなく、自分勝手にふるまわずに、年月をすごせば、その道に熟達していても、十分に稽古しない者よりは、ついには名人の地位に達し、芸の能力も十分につき、人々から認められて、ならぶもののない名声を得るものである。
天下の名人といわれる人でも、初めは、未熟だという評判もあり、ひどい欠点もあった。けれども、その人が、芸道の規制を正しく守り、これを重んじて、自分勝手にふるまわなかったので、一世の大家としてすべての人の師となることは、どんな道においても、変わるはずはないのである。

【語句】
能をつかんと・・・一芸を身につけようと。
なまじひに・・・なまじっか。
うちうち・・・こっそりと。
さし出たらこそ・・・人前に出たようなのは。
心にくからめ・・・奥ゆかしいことだろう。
言ふめれど・・・言うようであるが。
かたほなる・・・未熟である。
上手・・・名人。熟練者。
つれなく過ぎて・・・平気で過して。
たしなむ人・・・稽古する人。
骨・・・もってうまれた才能。天分。
なづまず・・・とどこおらず。「なづむ」は①とどこおる、②なやみわずらう、③こだわる、④打ち込む、⑤しおれる。ここは①。
みだりに・・・自分勝手に。
徳たけ・・・芸の能力もつき。「徳」は芸道における能力。「たく」は①じゅうぶんにのびる、盛りになる、②盛りがすぎる、③日が高くなる。ここは①。
ならびなき・・・ならぶもののない。
名・・・名声。評判。
不堪・・・未熟。
聞こえ・・・評判。
むげの・・・ひどい。
瑕瑾・・・きず。欠点。
道のおきて・・・芸道の規則。
放埒自分勝手にふるまうこと。
はかせ・・・模範。大家。





西大寺の静然上人(第152段)

【冒頭部】
西大寺の静然上人、腰かがまり、眉白く、

【現代語訳】
西大寺の静然上人が、(老年のゆえに)腰はまがり、眉は白くなり、とても高徳なようすで、宮中へ参上しておられたのを、西園寺内大臣殿が「ああ、とうといようすだな」といって信仰のようすがみえたので、資朝経卿はこれをみて「(上人の姿は)年がよっているだけのことです」と申された。
後日に、(資朝卿は)むく犬でひどくみじめに年とってやせ衰え、毛がぬけている犬を(人に)ひかせて、「このようすはとうとく見えます」といって、内大臣へさしあげられたということである。

【語句】
西大寺・・・奈良市西大寺町にある真言律宗の本山。
静然上人・・・西大寺長老。
徳たけたる・・・徳を修めている。高徳な。「たく」は①じゅうぶんにのびる、ちょうじている、②盛りが過ぎる、末になる、③日が高くなる。ここでは①.
内裏・・・宮中。
まゐられたりけるを・・・参上しておられたところ。
西園寺内大臣殿・・・西園寺実衡のこと。
あなたふと・・・ああとうとい。
けしきや・・・様子よ。
信仰のきそく・・・信仰の様子。「きそく」は「気色」で「きしょく」とも読み、気持ちが顔色に現れること。
資朝卿・・・日野資朝のこと。
尨犬の・・・毛のふさふさしている犬で。
あさましく・・・ひどくみじめに。「あさまし」は①(悪い意味で)人情がうすい、あさはかだ、②(いい意味でも悪い意味でも)驚きあきれる、意外だ、③興ざめだ、④見苦しい、⑤卑しい。ここは④。
老いさらぼひて・・・年とってやせて。
みえて候ふ・・・みえます。
内府・・・内大臣の唐名。ここでは西園寺内府。
参らせられたりけるとぞ・・・さしあげられたということである。





世に従はん人は(第155段)

【冒頭部】
世に従はん人は、まづ機嫌を知るべし

【現代語訳】
俗世間に順応して行こうとする人は、まず、時機ということを知らなければならない。時機や順序が悪いということは、他人の耳にもさからい、人の気持ちにもあわず、しようとしたことが成功しない。そういう、時機(ということ)をわきまえるべきである。ただし、病気にかかったり、子どもをうんだり、死ぬことだけは、まえもってその時機のよしあしを考慮しない。(それらのことがやってきて)今は時機が悪いといってそれらがとだえるわけではない。生まれること、年とること、病気になること、死ぬことのうつりかわるという真の重大事は、ちょうどいきおいのさかんな河があふれんばかりに流れるようなものである。ほんのわずかも停滞しないし、まっすぐに進んでゆくものなのである。だから、仏教のことや俗世間のことに関しても、必ず成しとげようと思うようなことの場合は、時機のよしあしをいってはならない。あれこれ(他のことの)準備をしたり、足ぶみしたりしてはならないのである。
春が終わってから後に夏になり、夏が終わってから秋が来るのではない。春はそのまますぐ夏の気配をうながし、夏のころからもう秋はやって来ており、秋はそのまま寒くなり、十月は(次にきたるべき春を思わせる)小春の天気で、(冬だというのに春のように)草も青くなり、梅もつぼみができてしまう。木の葉が落ちるのも、まず(葉が)落ちて(それから)芽ができるのではない。(葉の)下から芽ばえ、大きくなることにたえられないで(上の葉は)落ちるのである。(次のものを)迎える気力を、下に用意しているから、待ちうける順序はとてもはやいのである。誕生・老化・病気・死亡が次々とうつりかわってやってくることは、またこの(四季の変化)以上に早い。四季の変化はなんといってもやはり一定の順序がある。(ところが)人が死ぬ時期(がやってくること)は、順序をまたない。死は前から来るだけとはかぎらず、あらかじめすでに、人の背後に迫っているのである。人間はすべて、死のあることを知って、その死を待つことはそれほど急で(あると思ってい)ないのに、死は思いがけずにやってくる。(それは、ちょうど)沖の干潟は、はるかに遠いけれども、磯から潮が満ちてくる(と一面の水になる)ようなものである。

【語句】
機嫌・・・時機。しおどき。
さかひ・・・さからい。
をりふし・・・時。
はからず・・・あらかじめ考えない。
やむことなし・・・なくならない。
行なひゆく・・・進みゆく。実行していく。
とかくのもよひ・・・いろいろな準備。
やがて・・・そのまますぐ。
もよほし・・・誘い。「もよほす」は①せきたてる。②誘う。③召集する。④挙行する。⑤きざす。ここは②。
きざしつはる・・・芽ばえ大きくなる。「きざす」は①芽を出す。②起ころうとする。ここは①。「つはる」は①芽ぐむ。②熟す。③みごもる。ここは②。
かねて・・・前もって。あらかじめ。





一道にたづさはる人(第167段)

【冒頭部】
一道にたづさはる人、あらぬ道のむしろにのぞみて

【現代語訳】
一つの専門の道にうちこむ人が、専門外の道の会合に出て、「ああ、もし私の専門の道であったならば、このように傍観しますまいのになあ、(残念なことだ。)」と言い、心の中でも(そう)思っていることは普通のことであるが、実によくないと思われる。(自分の)知らない道がうらやましく思われるならば、「ああ、うらやましい。どうして(それを習わなかった)のだろう」といっているのがよい。自分の知識をふりかざして人と争うのは、角のあるものが、その角をふりかざし、牙のあるものが、その牙をむき出して(相手と争う)のと同じである。
人間としては(自分のしている)善いことを自慢せず、人と争わないのをよいこととするのである。他人よりすぐれていることがあるのは大きな損である。身分の高さでも、才知・芸能のすぐれていることでも、先祖の名誉あることでも、人よりすぐれていると思っている人は、たとえことばに出していわないとしても心の中に多くの難点があるのである。自分でいましめて、自分の優越感を忘れなさい。(人からは)愚かにみえ、人にも非難され、不幸を招くのは、まったくこのうぬぼれなのである。
一つの専門の道にほんとうに達している人は、自分自身、はっきりとその欠点を知っているから、心はいつも満足しなくて、どこまでも人に自慢するということがないのである。

【語句】
あらぬ・・・①専門外の。②意外な。③望ましくない。ここは①。
ありなん・・・いるはずだ。
つつしみて・・・自戒して。「つつしむ」は注意する。
をこ・・・馬鹿。愚か。
慢心・・・うぬぼれ。





さしたる事なくて人のがり行くは(第170段)

【冒頭部】
さしたる事なくて人のがり行くは、よからぬ事なり

【現代語訳】
これといった用事がなくて人のもとへ行くのはよくないことである。用事があって行ったとしても、その用事が終わったならば、はやく帰るのがよい。長居をすることは、実にわずらわしい。
人と対座していると、しゃべることばは多くなり、からだも疲れ、心も落ちつかない。何事にもさしつかえて時間を費やす。お互いにとって無益のことである。いやいやそうに話すのもよくない。気のりがしないことがあるような時は、かえってそのことを、客にいってしまうのがよい。
(いつまでも自分と)同じ気持ちで対座していたく思うような(気のあった)人が、たいくつで、「もう少し(いて下さい。)今日はゆっくり(話しあいましょう)」などというような場合は、この限りではないだろう。阮籍の(気のあった訪問客だけには喜んで)青い目(をして迎えたというようなこと)はだれにでもあり得ることなのである。
これといった用事がないのに、人が来て、のんびりと話をして帰ってしまうのは、とてもよいことである。また、手紙も「長く便りを申し上げないので」などとだけいってよこしたのは、とてもうれしい。

【語句】
さしたる事・・・これというほどの用事。
むつかし・・・わずらわしい。
さはりて・・・さしつかえになって。
心づきなき事・・・気のりがしないこと。
なかなか・・・かえって。
つれづれにて・・・たいくつして。
いましばし・・・もう少し。
心しづかに・・・ゆっくり落ち着いて。
聞こえさせねば・・・おたよりを申しあげないので。









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